大山哲と本。

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大山哲のこの一冊!海の見える理髪店

こんにちは。大山哲が選ぶ今日の一冊は海の見える理髪店です。

 

海の見える理髪店:アマゾン

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第155回直木賞受賞作の同小説の作者の萩原 浩さんは、親子、夫婦などさまざまな家族関係が織り成す物語を世に送り出し続けられています。


それらはセピア色の世界と表現する程に遠い昔の光景では無く、少し前のブラウン管のテレビの画面の中の、もしかすれば読者である私達自身が登場人物でも不思議ではありません。
また「全てを綴り過ぎない」「語り過ぎない」すなわち、読者の想像力に委ねる絶妙の単語や表現のチョイスが心地良く、私達読者を優しく物語の世界に誘ってくれる作風が素敵です。

ちなみに物語は、グラフィックデザイナーの主人公の男性が、普段から懇意にする美容院では無く、とある床屋へ足を運ぶべく、現在は老主人が経営するお目当ての店を探し当てるところから始まります。
海辺の小さな町の古びた小さなその店には看板も無く、掲げられた営業中の古びた札を見落とせば気づかぬような外観なれど、その昔は大物俳優御用達の床屋として話題になった歴史を有していました。
目の前の鏡越しに映る海を視界内に、老主人は来客である35歳のグラフィックデザイナーに、自分史とも言える昔語りを淡々と続けます。


遠い昔に雇っていた職人を殺してしまい、妻子を殺人犯の家族には出来ぬと離婚から罪を償い、それ以降はこの地で独り身を続けている事を始め、波乱万丈なる四文字では語り尽くせぬ老主人の半生。
じっと耳を傾けつつ、その熟練の腕に心地良く身を委ねる中、彼のつむじの位置の特徴や、幼い頃の怪我の傷跡を指摘する老主人。
二人だけの時が穏やかに流れる、海の見える理髪店の庭先には、文中「僕」と綴られる男性の幼い日の記憶の中の古びたブランコが…。

私は新幹線の車中でこれを読んでいたのですが、不覚にも途中から涙腺がアウトで、窓際列に座っていたのを幸いに、隣席の見知らぬ女性客に悟られまいと、一旦読書中断から眠ったフリで誤魔化しました。
その後ひと呼吸から読書再開も、息子の結婚報告に心からの「おめでとう」を伝えた「僕」の父親が、帰り際に前髪の仕上がり具合を確かめる口実で、鏡越しでなく直接息子の顔を確かめる場面のページで、大山哲はまたしてもツーアウトでした。

老理容師の主人公の実父の丁寧な作業の綿密な描写など、まるで読者である私達を、この潮の匂いが仄かかつ力強く漂う小さな町に誘ってくれます。
同時に数奇かつ残酷な運命をそれぞれが生きた父と息子の、決して長くはない二人だけの再会が叶ったこの物語に、心の中で精一杯の拍手を届けたい、そんな気持ちにさせられました。
何より別段髪型やオシャレに拘っている訳でも無いのに、気づけば美容室派を気取って結構な年月を数える私、次の休みには床屋さんへ行ってみたくなりました。
文字を追うのはパソコン中心の生活を過ごされる方々の、心の琴線を弾き、涙の眼球洗浄からのクシャクシャな笑顔を約束してくれる一冊です。