大山哲と本。

大山哲。本が大好きです。オススメの本や読みやすい本を紹介していきます。

大山哲の今日の一冊!ノルウェイの森

こんにちは。大山哲が選ぶ今日の一冊はノルウェイの森です。

 

ノルウェイの森:Amazon

f:id:ooyamasatoshii:20161031160204j:plain

 

あまりにも有名過ぎる作品のご紹介に、数え切れない方々から「もうとっくに読んでるよ」との声が一斉に届きそうですね。

 

書店に山積みされた表紙の赤と緑を、瞬時に思い出された方々も数え切れない事でしょう。


それでもここはどうぞ、大山哲の話におつきあいいただければ幸いです。

作者の村上春樹氏のお名前とイコールで捉えられる、彼の代表作と言えるこの長編小説は、中心的登場人物の「僕」「直子」「みどり」視点で綴られています。


学生時代に「友人など要らない」と思っていた「僕」の唯一の友達の「キヅキ」のガールフレンドが「直子」で、不思議と彼女は「僕」を交えた3人で過ごす時間を好む女の子。


結果「キヅキ」が「僕」と「直子」の通訳的役割を自然と担う、そんな不思議な関係が続く中、17歳のキヅキは自殺を図ってしまうところから、物語は時系列にそって展開して行きます。


ショッキングな現実から逃げきれぬ中、一方で「僕」はその後、大学で1歳下の「みどり」と知り合い、少しずつ人間関係の輪が広がって行きます。

 

青春時代の友人関係あるいは恋愛関係らしき男女間を思い返す時、実はこうした三角関係とはまた違う、それぞれの距離感は決して珍しくないと思います。
そんな「実は極めて身近な場面設定」が、読者がスッとこの作品の世界の登場人物に同化出来る、大きな1つの理由でしょう。


私が村上春樹氏の作品に共通して感じているのが、いわゆるこの「適度なあるある感」に他なりません。
自身の体験こそ無くとも、極めて身近に現実に生じていても全く不思議ではない数々の出来事や、登場人物達の心象風景は、実は目と鼻の先のリアルな世界そのものに違いありません。


この絶妙の距離感に位置する世界が、私達を優しく誘うからこそ、発売を待ち切れずに深夜書店に大勢のファンが並ぶ「あの現象」に繋がって行くのでしょう。

ちなみに私の知人の中には、敢えて「超話題作は読まない」を頑なに実践している読書ファンが何人か思い当たります。


情報社会のこの世の中、程無く関連情報が飛び交い溢れ返ります。


ある種のあまのじゃくですが、彼等に言わせれば「大衆に右へ倣えの読書は自分のスタイルでは無い」らしく、それでも同作品をこの拘りだけでスルーするのは、流石に勿体無さ過ぎます。

 

ちなみに物語は「僕」が「みどり」にある感謝の言葉を伝えるところでエンディングを迎えます。


淡々と進む物語ですが、私は最後まで全く退屈を感じませんでした。


何となく世間の話題に影響されて手にされた方々も、読み終えられた際に同じ感想を抱き、今度は自身の意思で村上春樹ファンになられている事でしょう。
赤と青の二色の表紙が誘う世界へ、ぜひ感性の歩を進めてみてください。

大山哲の今日の一冊!白夜行

こんにちは。大山哲が選ぶ今日の一冊は白夜行です。

 

白夜行:アマゾン

f:id:ooyamasatoshii:20161024161538j:plain

 

これまで作者の東野圭吾さんの作品は数多く読んで来ており、それなりの通を自認している私大山哲が「これぞ東野圭吾の世界」とご紹介したい一冊です。

物語は大阪府近鉄布施駅前の廃墟ビルから幕を開けます。
勿論近鉄布施駅は実在の駅であり、近隣に暮らす方々であれば、近鉄大阪線奈良線が上下二層に走る高架駅とその周辺の街並みの風景が鮮明に思い浮かぶ事でしょう。
この風景の中の廃墟ビルは勿論架空の建物ですが、こうした舞台設定が物語に臨場感と信憑性を持たせ、まるで複雑難解な実際の難事件とこれから対峙するような感覚にさせてくれるのもまた、作者の作品の大きな特徴であり魅力です。

ここでいきなりのギブアップ宣言ですが、私にはこの作品のあらすじをまとめて語る技量がありません。


登場人物が時系列に沿って遭遇経験する、数々の予期せぬ事件や展開、そして時にフラッシュバックの如く連鎖を見せる、過去の未解決事件と目の前の出来事など、良い意味で「一瞬たりとも気が抜けない」ストーリーが展開されて行きます。

同作品発表後にテレビドラマ化されたらしく、そちらに関する情報や感想もインターネット上で配信されていますが、私はやはりこの物語は、原作を一言一句見逃さずに熟読してこそ、その醍醐味を満喫出来ると捉えています。

それと同時に、この長年に亘る複雑なストーリーを限られたテレビドラマの世界で描く作業にチャレンジされた、番組制作者やキャストの方々には、ただ素直に頭が下がるばかりです。それほどまでに同作品は私にとって「推理小説」なのです。

ライトエッセイ的にサラリと読み流す読書スタイルが心地良い方々にとっては、同作品はもしかすれば「大きなハードル」的に映るかも知れません。
時系列に沿って読み進めた内容を記憶する作業を重ねて行かなければ、途中で物語自体を見失う可能性がゼロとは言えません。
それでもぜひ読破と謎の解明にチャレンジいただきたい、大袈裟でなく無数の推理小説の中でも間違いない傑作だとご紹介出来ます。

対して「最近の推理小説はライト過ぎて物足りない」とお感じの方々であれば、久々にニヤリからの本の世界への没頭をお約束します。
随所に綴られる細やかな情景描写と、登場人物が交わす一言一句が描く、まるで全編ノンフィクションかと錯覚させられる世界観は、推理小説通を自認される方々を満足させてくれるに違いありません。
久々に堪能させてくれた、心地良く手強い推理小説を読破直後の達成感は格別です。

大山哲の今日の一冊!ワイルド・ソウル

こんにちは。大山哲が選ぶ今日の一冊はワイルド・ソウルです。

 

ワイルド・ソウル:アマゾン

f:id:ooyamasatoshii:20161024161403j:plain


一気に読み終えた直後、作者の垣根涼介氏が、直訳すれば「豪放な魂」なる日本語が当てはまるタイトルをつけた意図が鮮明に突き刺さった、インパクト十分の作品です。

1960年代初頭、日本政府が推進から希望者を募ったブラジル移住計画に人生を賭けた家族を待ち受けていた、想像を絶する厳しいを越えた残酷な現実に関しては、予備知識としてご存知の方々もいらっしゃる事でしょう。
この歴史上の事実すなわちノンフィクションから、夢の楽園だと偽って自分達をブラジルにいわゆる「島流し」した日本政府に対し、地獄を見た渡航者達が復讐を企てるフィクションが続く展開に、途中で本を置く事が出来ませんでした。
ちなみに少し専門的なウンチクで恐縮ですが、こうしたフィクションとノンフィクションのブレンドを用いた小説は他にも多々みられますが、同作品の匙加減は本当に絶妙かつ抜群だと感心させられました。

読み始めは歴史事象を冷静に伝えるノンフィクション色が占める世界から、一気に世界屈指のジェットコースターに乗せられたかのような想定外の急展開の連続と、緩急の素晴らしさが、私達読者の心を捉えて離しません。

垣根涼介氏の書き手としてのポテンシャルの高さにも、偉そうに感服させられました。

ちなみに大山哲が主人公とオーバーラップさせた有名人が、少年期にこの物語そのままに一家でブラジルに渡り、日本プロレスの祖にスカウトされ、燃える闘魂と称された元プロレスラーでした。
その後政治家に転身され、現在は日本政府サイドで闘っておられるリアルな現実と彼の生き様もまた、ブラジル時代の地獄の毎日によって育まれ培われたのかも知れません。
奇しくも彼が折に触れ、自身の言葉で回想されているブラジル時代の体験談と見事過ぎる程に重なっていて、真実の重みとそれを掻い潜って来られた人間力が、彼のカリスマ性に繋がっているのだろうと気づかされました。
おっと、少し話が脱線してしまいましたね。

多数の読者が感想を語る声に目を向けてみても、ストレートに「面白さと次の展開が待ち切れぬドキドキ感に惹き込まれた」「途中で止められず寝不足」など、作品の求心力を語るコメントが数多く見られました。


奇しくもリオオリンピックの開催国として、世界の視線が集まったブラジルの、今から約半世紀と少し前の姿が生々しくも冷静に綴られた情景描写が、この物語により一層の緊張感を持たせています。

作品の世界に没頭する熟読タイプの読書ファンであれば、この一冊をスルーする手はありません。

大山哲の今日の一冊!坂の上の雲

こんにちは。大山哲が選ぶ今日の一冊は坂の上の雲です。

 

坂の上の雲:あらすじ紹介ページ

 f:id:ooyamasatoshii:20161020155205j:plain

 

タイトルから国営放送でオンエアされ人気を博した、テレビドラマを連想された方も大勢いらっしゃるかと思いますが、ここでご紹介するのは司馬遼太郎氏の手による原作そのものです。


明治維新を経て近代国家の仲間入りを果たした日本が、やがて日露戦争なる好まざる闘いに巻き込まれて行く中、それぞれの立場で人生を駆け抜けた3人の主人公達を軸に、物語が進んで行きます。


日本騎兵の育ての親的存在で知られる秋山好古バルチック艦隊に勝利した東郷平八郎の参謀の秋山真之、病床でも筆を取り続け近代俳諧の父的存在の正岡子規と、皆さんもご記憶の実在した人物の歴史小説です。

学生時代に社会科しかも歴史が苦手だった私、大山哲は正直、この話題作に手が伸びませんでした。


試験勉強で彼等に関する知識の暗記に苦戦した苦い思い出が先に立ってしまい、読書を楽しめるとは思えなかったのです。


ですが先に触れたテレビドラマを偶然目にした事で、そんな間違った先入観は直ぐに消え去り、急いで書店に走った事を覚えている、乱読家を自認する私にとって、非常に印象深い作品です。

ストーリーの格の1つを担う、日露戦争なる歴史上の出来事を境に、若き日はそれぞれが奔放に明るい未来を見据えて生きていた登場人物達の人生は、数奇な運命へと導かれて行きます。


私自身よもや騎兵隊を育成から率いる、あるいは戦艦に乗船して海上で他国と闘うような人生など、想像出来るはずもありませんし、それは皆さんも一緒に違いありません。
仮にそんな世の中そして人生の選択を余儀なく迫られたとすれば、現実と対峙から立ち向かう気力を果たして有しているのか、正直自信はありません。
言葉は不適切かも知れませんが、豊かで便利が過ぎた今日の生活環境の中、平和ボケから現実逃避すら出来ず、ただ心臓が動き続けている生命体と化してしまうかも知れません。

ですがこの時代の人達は、今日言うところの「上昇志向」を、胸一杯に抱いて生きていました。


それぞれがひたすらに青い空に浮かぶ白い雲、すなわち各々の大志に向かい、ある意味楽天的とも表現出来る価値観で走り続けていた事を、この作品が私達に教えてくれています。
良い意味での愚直一直線な生き方だからこそ、日露戦争なる想定外の現実の中、自らに与えられた仕事を天命と捉え、真正面から挑んで行ったのでしょう。

便利簡単楽チン・・・あらゆるジャンルでこれらが重宝され良しとされる昨今、果たして現代人である自分達のDNAの奥底に、彼等のこの価値観が受け継がれ残っているのか、そんな事を考えさせられました。


歴史物やノンフィクションがお好きな方々は勿論の事、ご自身の現在から未来に何らかの疑問を抱いておられる方々にもご一同いただきたい、読みごたえ十分以上の長編小説です。

大山哲の今日の一冊!江戸を造った男

こんにちは。大山哲が選ぶ今日の一冊は江戸を造った男です。

 

江戸を造った男:Amazon

f:id:ooyamasatoshii:20161017145137j:plain

 

高校生直木賞受賞作家として注目を集めた伊東 潤さんがデビュー10周年記念作として書き下ろした渾身の作品です。


一般的には長編時代小説として紹介されていますが、史実に基づく主人公の波乱万丈な人生を描くストーリーは、ある意味ドキュメンタリ―的な側面も強い、インパクト抜群の一冊です。
乱読を公言する私ですが、正直こうしたジャンルにはあまり食指を伸ばす事はありませんでした。
それでも作者が描く臨場感と説得力に満ちた世界観に、読み始めて程無く惹き込まれてしまいました。
大山哲に新たな世界の扉を開いてくれた、個人的にも忘れられない一冊です。

舞台は江戸、主人公は伊勢の貧しい農家に生まれた七兵衛。


若くして単身江戸に出て苦労を重ね、ようやく材木商を営み、明暦3年の江戸の大火に際し「機を見て敏」に材木を買い占め巨万の富を築きます。
こうして豊富な軍資金を手にした七兵衛は、全国各地の鉱山の採掘のみならず、列島各所の航路の開設、治水事業を次々と成し遂げて行きます。
現代社会を生きる私達からすれば、過去のサクセスストーリーの焼き直し的に映ってしまうリスクが否めぬ題材ですが、作者の絶妙の筆加減がそうした拒絶反応を抱かせません。
ちなみに主人公の七兵衛の何は馴染み無くとも、後の「河村瑞賢」と目や耳にすれば、誰もが文中描かれる数々の偉業に納得です。

勿論時を経て語り継がれる、先人が為し得た諸々の陰には、筆舌に尽くし難い苦難が避けられません。
「江戸を造った」なるタイトルに嘘偽りや誇張が見当たらぬ主人公の人生模様を、私は正直「妬み」でこそありませんが、何らかのジェラシーらしき感情を覚えつつ、最後まで読み切りました。
類稀なる瞬時の判断力、勝負どころに於ける大胆な行動力、窮地に際しての強靭な精神力など、幼い日々を貧困の農家で過ごしたルーツだけに、その卓越した人間力の源を求める訳には行きませんでした。

今日それぞれが生きる世界で、誰もがサクセスを夢見て当然ですが、同時に飽食かつ世界一豊かで平和と語られるこの国の恵まれた環境下、誰もが自らに賭ける生き方を躊躇しがちです。
かく言う私、大山哲もまた、心の奥底で「何も生じなければ褒められずとも失敗しない」なる価値観を有している自分を、悲しいかな否定出来ずにいます。
この作品を世に送り出すに際し、作者は物語の行間に、今ではもしかすれば陳腐とも映り兼ねない「パイオニア精神の大切さ」を忍ばせておられるのかも知れません。


実社会の最前線で日々闘い続けておられる方々の、通勤途上の一冊として、スマホ画面に替えてご一読をお薦めしたい作品です。

大山哲の今日の一冊!羊と鋼の森

こんにちは。大山哲が選ぶ今日の一冊は羊と鋼の森です。

 

羊と鋼の森:Amazon

f:id:ooyamasatoshii:20161014144052j:plain

2016年本屋大賞作として注目の、宮下奈都さんの筆による小説で、発表当初から静かな話題を呼んでいましたが、大賞受賞で一気に衆目を集めたのも記憶に新しいところです。


タイトルから大自然を舞台にしたストーリーを連想された方もおられるかと思われますが、主人公がピアノ調律師そして人間として成長して行く過程が描かれています。

 

物語の主人公の外村は北海道の高校在籍時、調律師が調音を終えた体育館のピアノの音色に魅せられ、それまで音楽とは無縁同然だったにも関わらず、調律師になろうと決心します。


楽器店に勤務しながら調律のノウハウを学ぶ中、調律師としてのみならず、社会人として1人の男として着実に成長を遂げて行きます。


ピアノという楽器は弾き手によって奏でられる音色が異なり、調律師の作業によっても声色を変える、そんな専門的な部分に関しても、読者が理解するに十分の絶妙な描写が随所に光っています。
何より主人公を始め、登場人物が心優しく、理想とする自身の未来像を真摯に追い続ける外村を、時に厳しく時に優しく、絶妙の距離感で包み込んでいる空気感が素敵です。

読み始めて程無く、音楽と言えば聴くばかりの大山哲も、この作品のタイトルの由来に気づきました。
羊はピアノのハンマー部分のフェルトを、鋼はピアノ線を、そして森はピアノの外装の木材を暗示しているのでしょう。


「何を得意気にそんな事を・・・」とツッコミが聴こえて来そうですが、音楽に通じた方であれば一目瞭然ながら、大衆を決して置き去りにしない絶妙のこのタイトルにも、素直に感心させられました。

漠然と学校を卒業から、同学年の友人達の動向を横目で気にしつつ、漠然といわゆる安定企業への就職を学生時代のゴールと捉える向きが見られるのが、昨今の若者事情の1つに他なりません。


ですが一方で外村のように「自分はこの仕事を極めたい」と、明確な目標に手を伸ばしつつも、結果諸事情でチャレンジすら叶わず、夢を握り潰された経験をお持ちの方々も少なくないでしょう。
同作品はこれから実社会デビューを迎える十代の方々にも、そして1度は夢を追った、あるいは追おうと決心された経験をお持ちの方々にも、ぜひご一読をオススメしたい一冊です。

毎日の出来事と真摯に向き合う若き外村の、ある意味愚直とも言える姿勢は、一定年齢以上の読者には、若き日の自身と重なり、思わず「頑張れ」と応援してくなる生命力と可能性に満ちています。


外村と同世代の学生の皆さん、あるいはそれぞれの世界で今、夢に向かって奮闘中の方々には、外村は良き先輩でありライバルに他なりません。


ともすれば優等生的な雰囲気が勝ってしまいそうですが、作者の言葉選びと見事な情景描写、そして読者に負担を与えぬ優しいストーリー展開で、心の中に心地良く入り込む推薦作です。


起承転結がわかっていても、心が少し疲れたと感じた時など、何度でも読み返したくなる一冊です。

 

大山哲のこの一冊!カエルの楽園

こんにちは。大山哲が選ぶ今日の一冊はカエルの楽園です。

 

カエルの楽園:Amazon

 

f:id:ooyamasatoshii:20161013162802j:plain

 

作者の百田 尚樹さんが日本という国、そして日本人を寓話になぞらえて描いたこの作品は、私達に数々の問題定義を届けてくれます。
例えばダイレクトに「平和とは」と目や耳にすれば、思わず構えてしまったり、何とかスルーしようとしがちです。
ですがカエルの世界というフィルターを通じての問い掛けですので、肩肘張らず興味深く、描かれた物語の世界に飛び込んで行けます。


大人社会視点の難解な表現も殆ど見られず、中学生以上であれば無理無く一読出来る文体も魅力です。

ちなみに主人公はアマガエルのソクラテスとロベルトの2人ならぬ2匹で、彼等は安住の地を求めての旅の果てに辿り着いたのがナパージュと呼ばれる国。
間違いなく世界一平和なこの国こそ自分達の安住の地と確認するも、この国の先住民のツチガエル達が共通して抱く「ある考え」に疑問を覚え始めます。
『三戒』と称される、2匹にとっては奇妙極まりないこの戒律に衝撃を受けつつも、その裏に存在する真実を知るに至り…。

次々と登場する個性的なカエルのキャラクター設定が、現代の日本に共存する多種多様な価値観を有する「日本人内の人種」を比喩しており、風刺色が強い作品ですが、いわゆる嫌味は全く感じません。
物語の鍵を握る、ナパージュで暮らす全てのカエルが疑い無く信じ実践している『三戒』に謳われる3つの戒律の「カエルを信じろ」「カエルと争うな」「争うための力を持つな」にもニヤリとさせられました。
全体を通じて適度な辛口と度が過ぎぬ比喩表現で語り進められるストーリー展開の中、油断しながら読み進めていた私が一撃を喰らわされたのが、次のシーンでした。
『三戒』の存在を通じ、表面上の平和だけを享受され、歌と踊りが大好きな若いメスガエルのローラの最期の描写がそれで、何とウシガエルに四肢を千切られ転がされてしまうのです。
果たして作者はローラを現代のどんなジャンルの日本人に見立てて登場させたのか、この辺りは読者によって意見が分かれるところですが、政治に無関心の若い女性である事は間違い無さそうです。

 

活字離れ、書籍離れを嘆く声が大きさを増して久しい今日、インターネットの影響も大きく、私達が日常求める日本語表現は、より簡潔端的かつ直接的に変化を見せていると言われています。
本作品のように架空の世界に実社会をスライドさせて描かれる物語に関しては、既に「苦手」「理解出来ない」と腰を退く方々が、潜在的に増えて来ている感も否めず、私、大山哲もそのような声を多数耳にしています。
そうした方々にもぜひ、喰わず嫌いならぬ読まず苦手だった小説の世界に触れていただきたい限りです。
カエルの楽園は読書の奥深い魅力と、物語の行間に詰まった数多くのメッセージを感じていただくべく、ぜひ手に取っていただきたい一冊です。

 

また更新いたします。

大山哲のこの一冊!海の見える理髪店

こんにちは。大山哲が選ぶ今日の一冊は海の見える理髪店です。

 

海の見える理髪店:アマゾン

f:id:ooyamasatoshii:20161006132637j:plain

第155回直木賞受賞作の同小説の作者の萩原 浩さんは、親子、夫婦などさまざまな家族関係が織り成す物語を世に送り出し続けられています。


それらはセピア色の世界と表現する程に遠い昔の光景では無く、少し前のブラウン管のテレビの画面の中の、もしかすれば読者である私達自身が登場人物でも不思議ではありません。
また「全てを綴り過ぎない」「語り過ぎない」すなわち、読者の想像力に委ねる絶妙の単語や表現のチョイスが心地良く、私達読者を優しく物語の世界に誘ってくれる作風が素敵です。

ちなみに物語は、グラフィックデザイナーの主人公の男性が、普段から懇意にする美容院では無く、とある床屋へ足を運ぶべく、現在は老主人が経営するお目当ての店を探し当てるところから始まります。
海辺の小さな町の古びた小さなその店には看板も無く、掲げられた営業中の古びた札を見落とせば気づかぬような外観なれど、その昔は大物俳優御用達の床屋として話題になった歴史を有していました。
目の前の鏡越しに映る海を視界内に、老主人は来客である35歳のグラフィックデザイナーに、自分史とも言える昔語りを淡々と続けます。


遠い昔に雇っていた職人を殺してしまい、妻子を殺人犯の家族には出来ぬと離婚から罪を償い、それ以降はこの地で独り身を続けている事を始め、波乱万丈なる四文字では語り尽くせぬ老主人の半生。
じっと耳を傾けつつ、その熟練の腕に心地良く身を委ねる中、彼のつむじの位置の特徴や、幼い頃の怪我の傷跡を指摘する老主人。
二人だけの時が穏やかに流れる、海の見える理髪店の庭先には、文中「僕」と綴られる男性の幼い日の記憶の中の古びたブランコが…。

私は新幹線の車中でこれを読んでいたのですが、不覚にも途中から涙腺がアウトで、窓際列に座っていたのを幸いに、隣席の見知らぬ女性客に悟られまいと、一旦読書中断から眠ったフリで誤魔化しました。
その後ひと呼吸から読書再開も、息子の結婚報告に心からの「おめでとう」を伝えた「僕」の父親が、帰り際に前髪の仕上がり具合を確かめる口実で、鏡越しでなく直接息子の顔を確かめる場面のページで、大山哲はまたしてもツーアウトでした。

老理容師の主人公の実父の丁寧な作業の綿密な描写など、まるで読者である私達を、この潮の匂いが仄かかつ力強く漂う小さな町に誘ってくれます。
同時に数奇かつ残酷な運命をそれぞれが生きた父と息子の、決して長くはない二人だけの再会が叶ったこの物語に、心の中で精一杯の拍手を届けたい、そんな気持ちにさせられました。
何より別段髪型やオシャレに拘っている訳でも無いのに、気づけば美容室派を気取って結構な年月を数える私、次の休みには床屋さんへ行ってみたくなりました。
文字を追うのはパソコン中心の生活を過ごされる方々の、心の琴線を弾き、涙の眼球洗浄からのクシャクシャな笑顔を約束してくれる一冊です。

大山哲のこの一冊!コンビニ人間

こんにちは。

大山哲が選ぶ今日の一冊はコンビニ人間です。

 

アマゾン:コンビニ人間

f:id:ooyamasatoshii:20161005144606j:plain

 

2016年度芥川賞受賞作として注目を集める同作品は、大学卒業後就職せず、コンビニで働き続ける36歳の女性が主人公の小説です。
これまで数々の受賞作を世に送り出された作者の村田沙耶香さん自身、現在も週数回コンビニ勤務を続けておられ、そんな彼女が描く世界観が、私達読者の心にリアルに響く作品です。

主人公の古倉恵子はコンビニ勤務歴18年目を数える36歳。


在学中にオープンしたスマイルマート日色駅前店で数え切れぬ程の同僚を見送り、現在の店長は8人目という職場環境が、彼女の生活圏の全てと言えるライフスタイルを淡々と続けています。
3度の食事は勿論コンビニ食、勤務時間外も心身コンビニ店員モードの彼女にとって、常に清潔に保たれた店内の空気感の中こそが唯一心地良い空間です。
学生時代の同級生達が就職、恋愛、結婚、出産を経験して行く中、恵子にとってはパーフェクトなマニュアルが存在するコンビニという職場が、イコール自身が「安心して生きさせてもらえる場所」なのです。


ところがある日、周囲の人達から見れば「不思議」「変」と映り囁かれる、そんなライフスタイルを続ける事が叶っていたコンビニに、1人の新人男性スタッフが入って来た事で、状況は一変します。
婚活目的でコンビニ店員となった白羽なる男性が、恵子の生き方と世界観にストレートに異を唱える言葉の前に、恵子は動揺を隠せず…。

芥川賞受賞の話題作だからと手にした一冊でしたが、いざ読み始めてみれば、不思議な力でグイグイと作者が描く世界に引っ張り込まれ、一気に読み切ってしまいました。


それから暫しの余韻の中、もしかしたら自身の日常生活圏のどこかのコンビニが舞台で、実は何気にレジで言葉を交わしている人達のノンフィクションなのかも・・・そんな思いが頭をよぎりました。
文章自体は大変読み易く、決して重たいタッチでも難解な表現が用いられている訳でもありませんが、それぞれのシーンが鮮明に思い浮かぶ情景描写と言葉のチョイスは流石です。

私達は義務教育を含む学生時代を経験する中、集団生活に於ける暗黙の言動のルールや、規律すなわちマニュアルに基づく行動の大切を学びます。
未就学時代は個性的を越えて「変わった子」と大人達に囁かれながらも、自由奔放さの中に無限の可能性を感じさせる幼い子どもが、就学を機に次第に均一化から無個性化するケースは少なくありません。
「大多数と同じだから正しい」「みんなと違うから変」という判断基準は間違いなく、この現実社会に根強く存在しています。
私達はそれに疑問や不安を覚えつつも、右へ倣えする判断に安心感を覚えようとしがちです。
主人公の古倉恵子は自らの価値観に背く事無く、マニュアルなる鉄壁のバリアのパーツの一部に同化し続ける生き方を実践する事で、安心と幸せを確かめ守り続けています。
ある意味で誰よりも自分自身に素直な生き方なのかもしれません。
面白く興味深く、そして時に「恐怖」すら覚えさせてくれるストーリーを通じ、何かに気づき考えていただける、大山哲超オススメの傑作です。

大山哲のこの一冊!夜は短し歩けよ乙女

こんにちは。大山哲が選ぶ今日の一冊は夜は短し歩けよ乙女です。

 

みなさんは「森見登美彦」という作家をご存知ですか。

ベストセラー作品も多いので、作品自体を読んだことはなくても、名前を聞いたことくらいはある、という方はけっこういらっしゃるのではないでしょうか。


今日、大山哲が紹介するこの作品は、そんな方にこそ、ぜひ読んでいただきたい作品です。

この作品こそ森見登美彦の作風の基礎であり完成形の一つ、と言っても過言ではないと思うからです。
内容は「京都で生活する、不真面目なことを真面目に取り組む『阿呆』な大学生が、少々不可思議な世界に片足を突っ込みつつ、屁理屈をこねくり回したり回されたりしながら、後輩の女性への恋愛に悪戦苦闘するファンタジー」です。
この作品を含め、森見作品の特徴として、「ほとんどの作品の舞台が京都市内、大学は名前こそ出さないがほぼ京都大学」というのがあります。

作者が以前京都在住だったこともあり、詳細な描写はまるで読んでいるほうも、京都にいるような気分にさせてくれます。

実際、森見作品を片手に京都市内をめぐる旅をしているファンもいるそうです。

この「夜は短し~」一冊でも丸一日潰せるのではないでしょうか。大山哲もいずれ作中の「阿呆大学生」になりきって、物語の舞台をめぐってみたいなあ、と思っていたりします。
また、この「夜は短し~」に出てくる人物や店などは、他の森見作品にもちらりと出てきます。
映像化されている「四畳半神話体系」や「有頂天家族」にももちろん、「夜は短し~」で見たあれやこれやが思わぬ形で現れるので、やはり初めの一作としてぜひ読んでみることをおススメします。
また、内容も面白いのですが、この作者は、それを紡ぎだす文章も独特です。

怒涛の一人称は最初こそ少々面食らうかもしれませんが、読み進めていくうちに病みつきになること間違いありません。

 

夜は短し歩けよ乙女紹介ページf:id:ooyamasatoshii:20160929154357j:plain